目覚めたときから、私は彼を犠牲にしていた。




それしか方法がなかったから。














































硬い キス



















































「カカシ、見て、いい天気よ。」
「んー・・・。」


まだ布団の中にいる恋人に声をかけて。
でも、まだ出てくる気配はなくて。


「仕方ないなー。」


ため息1つ、一気に布団を剥いだ。


「こんなにいい天気なんだから、布団干すよ。」
「えー・・・・。」
「えーじゃない。はい、起きて。」
「んー・・・了解。」
「あ、ご飯、作ってあるから、食べちゃってね。」
「了解。」


寝ぼけているカカシを笑顔で見送って。
さっきまでカカシが寝ていた布団を持ち上げてベランダに干していく。


隣の部屋からはカカシの立てる食器の音が聞こえてきた。
しばらくして、今度は水の音。
きっと食べ終わった食器を洗ってくれてるんだ。


。」


不意に呼ばれて振り返ると。
カカシが手招きしてる。


「いいよ。」
「いいから。」
「でも・・・。」
「でもじゃないでしょ。」


ベランダに出てきたカカシは私を抱きかかえ、部屋の中に戻る。
そのままソファに連れていかれ。


「はい、ちょーだい。」
「・・・・・。」
「早く。」
「・・・・・。」


カカシに急かされて、首にかけていた石を渡した。
それを受け取ったカカシは。
深呼吸して、目を閉じる。


カカシの体から緑のチャクラがあふれ出し、それはカカシの持っている石に吸収されていく。
額からは汗を流し、眉間には皺を寄せているカカシ。


見たくない。
だけど、目を反らしてはだめ。


ようやく目を開けたカカシの顔色は・・・あまりよくない。


「はい、出来たよ。」
「・・・・カカシ。」
「心配しないの。俺は大丈夫だから。」


そう笑うカカシに、申し訳なさでいっぱいになる。


「ごめん・・・私・・・。」
「いいから。俺が選んだ道でしょ?」
「でも・・・。」
「さ、今日は天気もいいし、お出かけしましょっか。」


辛いはずなのに。
カカシは元気良く声を出して、洗面所へと向かった。


受け取った石を眺める。
そこにはさっきのチャクラ同様、きれいな緑の石。


この中にはカカシのチャクラが詰め込まれている。
そして、私はこれがないと、生きていけない。


ううん・・・・動かない。


私は人間じゃない。
・・・・・・・・・人形だから。
















































私とカカシは同じチームでパートナーで。
プライベートでも、羨ましがられるほどの・・・。


でも、1年前の任務中。
私は瀕死の重傷を負った。


里まではかなりの距離がある。
カカシがとった、咄嗟の行動は。


この近くに潜伏している砂隠れの抜け忍を探し出して。
私を・・・・。


体を人形に変える途中で動かなくなった心臓は、人形に必要な核とはなれなく。
核の変わりに必要となったのは・・・・チャクラ。


カカシは、チャクラを私に分け与えることで。
私は人形として、生きることができるようになった。



でもそれは木の葉で禁術とされている行為。
私は里には帰れない。



カカシは里から離れた山奥のこの場所に引っ越して。
私と共に過ごしている。



















































「カカシ、少し寝れば?」
「んー・・・そうする。」


お弁当を持って、近くの湖まで来ていた。
お弁当をたいらげたカカシはころん・・・と私の膝の上に頭を乗せた。
やっぱり疲れていたのか、すぐに寝息が。


風になびく髪を撫でて。
そっとカカシの顔を覗き込めば。


・・・・前より、痩せた?


涙が、零れそうになる。


ごめんね。
私のせいだよね。


私が普通の人間ならば。
カカシはもっと幸せを感じていられたはずなのに。


私の力が足りなかったばかりに、負傷して。
挙句、カカシからチャクラを貰わないと生きていけない・・・なんて。


「・・・・気にするな。」


目を閉じているのに、カカシの手は私の頬に触れ。
キスをした。


「お前が気にすることじゃない。俺が選んだんだから。
 俺は無しじゃ、生きていけない。」


私の考えてること、分かっちゃうんだね。
私のこと、なんでも知ってるもんね。


だから、カカシの言葉が本気の言葉だって・・・分かる。


「俺が生きている限り、お前は死なせない。
 お前が生きている限り、俺は死なない。」
「・・・・・そうだね。」


その言葉の意味、分かるから。
分かるから、泣けてくる。




幸せな日々。
お互いがいないと、生きていけなくて。
お互いがいれば、生きていける。


なんとも不思議な・・・関係。





















































「カカシが倒れた。」


それはある平和な午後だった。
2日前から任務に出ていたカカシからのお使いで、パックンが教えてくれた。


「・・・・・容態は?」
「単なる疲労とのことだ。心配するな。」


ついに・・・・このときが来た。


ねぇ、カカシ。
心配するなって・・・・無理だよ。
だって、その原因は・・・。


「私・・・だね。」
「・・・・・・。」
「私にチャクラを分け続けていたから・・・。」
「・・・・・・。」
「パックン・・・・教えて。」


小さくチョコンと座っているパックンを抱き上げる。


「今のカカシ、パックンから見てどう思う?」
「・・・・・。」
「全部・・・私のせいだよね?」
「・・・・・。」
「あなたの主人を助けることができるのは・・・・私だけだよね?」


自分がするべきこと。
そんなの、この体になったときから分かってた。


「私にしか、できないよね。」
「・・・・・・。」
「カカシにお願いしたら・・・・絶対、断るもの。」
「・・・・いいのか?」


真っ直ぐに向けられたパックンの目から、視線を反らす。


いいのか・・・と聞かれて。
即答できない自分。


深呼吸。


「カカシは・・・チャクラ切れで倒れて・・・。
 その原因が私にあって・・・・。
 カカシを助けるには、それしか・・・ないなら・・・・。」


カカシは自分のチャクラを、命を削って私を生かしてくれた。
それなのに、私だけ助かる方法なんて・・・存在しない。


「パックン。カカシに・・・・会えないかな・・・・。」































深夜の病院。
誰もいないのを見計らって、パックンに案内されて。
静かに眠るカカシの頬に触れる。


暖かい。


カカシの温もりを、柔らかさを感じることができるのに。
私の温もりも、柔らかさも、カカシは感じることが出来ない。


だって、私は人形にすぎないから。
本来の私の体なんて、この体になったときから・・・もうない。


「・・・・・カカシ、ごめんね。」


この体になって、私からキスしたことなんてない。
この硬い感触を感じて欲しくはなかったから。


でも、今だけは。
最後だから。


許して。


キスをしたとき、涙がカカシの頬に落ちた。



































































そろそろやばい・・・とは思っていた。
日々チャクラが削られていく感覚。
正しくは命を削られていく感じ。


それでも、止める訳にはいかなかった。


誰よりも大切で、誰よりも愛しくて。
誰よりもそばにいてほしい存在に、隣で笑っていてもらうためには。


そんな中での任務。
倒れるのは、当然と言えば当然のこと。


目を開けたとき、そこが病院だと気付くのに時間なんかいらなかった。


「ざまーないね、まったく・・・。」


体に繋がれているいくつものチューブを忌々しく思う。
自由にならない体。
が見たら・・・・きっと自分を責めることだろう。


お願いだから自分を責めるな・・・・なんて。
あいつは誰よりも優しく、誰よりも俺の事には敏感だから。


今頃、一人泣いているのかもしれない。


「・・・・こうしちゃいられないでしょ・・・。」


安心してほしい。
俺はまだ大丈夫だからって。
笑っていてほしい。


なんとか腕を動かし、体についているチューブを引っこ抜いた。
と、同時に、動かなかった手の中に何かが握られていることに気付いた。


手を開く。


「・・・・・・・っ!!」


握られているのは、石。
の命ともいえる、石。


なんでこれが?
じゃあ、は?


焦る気持ちとは裏腹に、体の自由は効かない。
必死の思いでなんとかベッドから起き上がった。


畳まれていた服を着て、窓から抜け出す。
目指すは、の元へ。


早く、石を届けなければ。
石を、に。









の体は特別な状態で。
生身の体を人形と変え、さらにはその意思を持ち合わせている。
それは、人形が人形となる前の状態。


人間でもなく、人形でもなく。
人間の意志を持っている、人形。


一度でも、チャクラが切れてしまえば。
人間の意志は永遠に持つことが出来ない。


すなわち、死―――。


死んだ人形が意思なんか持つはずがなく。
あとは、クグツ師によって操られるしか、ない。











玄関を開けて、中に入る。
静かだ。


「・・・・・。」


中からの返事はなく。
心臓の音がやけに耳に響く。


1つ1つ部屋を確認して。
最後、寝室にたどり着いたとき。


ベッドに投げ出される形で、はいた。


・・・・・っ!!」


急いで抱きかかえたとき。
滑り落ちたの腕がカツン・・・と、冷たい音を立てた。


遅かった。


の体にはもう生気も、意思も、俺が分け与えていたチャクラもなく。
ただあるのは、冷たく硬い木の感触。


「・・・・・どうして・・・・!!」


どんなに冷たくて、硬かったとしても。
それが愛しい女の体だと思うと。
暖かみさえ感じられたというのに。


今は、ただ無機質な塊。


「・・・・は悩んでおったぞ・・・。」
「・・・・パックン。」


気付かなかったが、足元にパックンがいた。


はお主に石を渡す直前まで、悩んでおった。」
「・・・・どうして止めなかったの・・・・。」
「止めたさ。が、はお主を救うことを選んだ。」
「全然救われていないのに・・・・?」


救われていない。
全然、救われていない。


例え命が助かったとしても、長生きできたとしても。
そこにがいなければ、何の意味も無い。


のために、チャクラを分けていたんじゃない。
俺のために、チャクラを分けていたんだ。


独りになりたくなくて。
ずっとずっと、笑っていてほしかったから。


俺がいなければ、俺のチャクラがなければ。
は生きられない。


がいなければ、の笑顔がなければ。
俺は生きようとは思わない。


卑怯なやり方だとは思う。
だけど。
俺のために、生きていてほしかったのに。


「・・・・からの伝言じゃ。」
「・・・・・・。」
「こんな私でごめん・・・・立ち止まらないで・・・・とのことじゃ。」
「・・・・そ・・・・。」


何が、ごめん?
でいてくれたから。
俺は俺でいられたんだ。


何を謝る必要が?


「・・・・・最後、苦しんでた?」
「・・・・いや、眠るように・・・・・。」
「・・・・・そ・・・・。ありがと・・・パックン・・・・。」


俺の返事を聞いて、パックンは姿を消した。


苦しまなかった。
眠るように・・・・。


「・・・・は・・・分かっていたんだな・・・。」


その頬に触れても、の目が開くことはない。
それでも、愛しい人だから。


人として生きていたときに、何度も重ねた唇も。
この体になってからは人形のそれでしかなく。
は自分から重ねることを嫌がった。


は、分かっていたんだ。
いつまでもこのままの状態が続くわけが無いと。


あの日、がこの体になってから。
俺たちは立ち止まっていた。


立ち止まることで、二人だけの幸せを築いていて。
でも、それがあまりにも脆いことも知っていた。
だから、いつまでも・・・と夢を見ていた。


「・・・・・愛してるよ、。」


俺のせいで、ごめん。
こんな体になってまで、俺のそばにいてくれた。
が悩んでいるのを知りながらも。
独り残されるのがいやで。
絶対に手放したくないから。
の体を変えてまで、そばにいさせた。


は・・・・辛かったよね?


「・・・・・・・・・。」


何度呼んでも、目覚めない。


唇を重ねる。


長い長い、キス。
最後の、キス。


唇を離したとき。
の口元が・・・・微笑んだ気がした。
















目の前には真っ赤な炎。
炎から立ち上る煙は、真っ直ぐに空に上っていく。




あの日からずっと縛り付けられていた魂は。
ちゃんと天国へと・・・・向かっているのかな。