余裕なんて、微塵もない。
離れるなら一気に離れたい。
でないと。
振り返ってしまう。
月を愛した私
ハヤテ君と会わなくなって1週間。
アカデミーの前で待ち伏せしてても、ハヤテ君が出てくることはなかった。
初めて会った居酒屋に行っても、ハヤテ君は来なかった。
自分のバカさ加減がつくづくイヤになる。
どうしてハヤテ君を試そうとしたのか。
どうしてハヤテ君の気持ちを計ろうとしたのか。
いっぱい後悔して。
いっぱい泣いて。
残ったのは。
何もない。
今日の仕事を終わらせて会社を出たのは夜の11時。
「さっむぅ・・・。」
吹き付ける冷たい風に体を震わせた。
あれから何も考えたくなくて仕事に没頭した。
いっぱい仕事して、残業して。
それで償っているつもりなの?
でも、自分の時間を極力無くしたかった。
一人でいることに耐えられない。
ねぇ、ハヤテ君。
私、もっと弱くなっちゃったよ。
真っ直ぐ家に帰りたくないし。
かと言って、飲みに行く友達を誘う時間でもない。
仕方ない。
一人で飲みに行くかな。
足は勝手に動く。
たどり着いたのは物静かなバー。
一人で飲むならこういう静かなところに限る。
ドアを開けて中に進んだ。
そして、見たものは・・・・。
ハヤテ君。
ハヤテ君が一人、カウンターに座っていた。
え・・・・なんで・・・?
入り口で固まってしまった。
熱くなる胸。
霞む視界。
そんな私を誰かが追い越して店内に入っていく。
「よっ。お待たせ。」
その女性はハヤテ君の背中に声をかけた。
「遅いですよ。アンコさん。」
ハヤテ君が振り返った。
「いやぁ〜任務の後の餡蜜にはまっちゃって。」
「また甘いものですか・・・・。」
薄暗いせいでハヤテ君は私に気付かず、アンコさんと呼んだ女性と楽しそうに会話をする。
そして・・・。
私に背を向けた。
だめだ・・・・。
零れそうになった涙を必死に我慢して私はまた店を出た。
アンコさん・・・か。
コンビニで買ったお酒とおつまみを膝に乗せて。
公園のブランコをキーコキーコ・・・。
かわいい人だったな。
なんて言っても私より若いだろうし。
任務って言ってたからきっと同じ忍なんだろーな。
私とは全然違う。
私とは別世界の・・・・・ハヤテ君。
「まだ・・・・ダメだってば・・・。」
ぽつり・・・。
「私ってもっと強かったはずでしょ?」
ぽつり・・・。
「3年も彼氏いなくて平気だったのに。」
ぽつり・・・。
「もぉ・・・・やだなぁ・・・。」
涙が・・・・止まらない。
「今のあなたを明るい場所で見たくありません。」
苦しい。
あの冷たい笑顔。
人を寄せ付けない、冷たい笑顔。
「ごめんね。・・・・ハヤテ君。
こんなに・・・・好きになっちゃって・・・・。」
何時間、ブランコの上にいたのか。
空が明るくなって、鳥の囀りが聞こえる。
あまりにもぼー・・・として、一晩、外にいたみたい。
空を見上げれば、雲がどこにもない。
多分、晴れるんだろぉなぁ・・・。
これから会社かぁー・・・。
あー・・・昨日の服のままだから着替えなきゃ。
あ、でも、その前にお風呂に入って。
そしたら、お化粧もしなきゃなぁー・・・。
今日は取引先と会議があるんだっけ・・・。
なんか、めんどくさい・・・・。
全てが、めんどくさい。
「よしっ!」
私はブランコを勢いを付けて降りた。
「うっわー・・・・爽快♪」
目の前に広がる海に歓声を上げる。
私はブランコを降りて、その足で海に来ていた。
会社にお休みの電話なんか入れてない。
誰が入れるかってーの。
大体、あの日残業なんかしてなければこんなことにならなかったのに。
あの子が大事な資料をシュレッダーしなければこんなことにならなかったのに。
と飲みに行かなければ・・・。
やめよう。
後悔して、考えて、行き着く答えは。
『私が悪い』。
うん、私が悪い。
だから、今日はそんな私を生まれ変わらせるために、ここに来た。
イヤなことは全部波に飲み込まれて、海の底に沈めよう。
んで、明日から元気になろう。
意味もなく海を眺め、散歩して。
お腹が空けば近くの喫茶店で食べた。
意味のない1日。
でも、空が夕焼けに染まる頃。
あんなに沈んでいた気持ちがすっきりしていた。
「ん、よし。帰るか。」
砂浜から真っ赤に染まった海を見て満足気に笑う。
そして、踵を返す。
もう、大丈夫。
私は一人でも大丈夫。
なんとなく視線を足元から上げた。
足が止まる。
だって。
ハヤテ君がいる。
すごく遠くにいるけど。
あの姿は絶対にハヤテ君。
ハヤテ君がこっちを見てる。
なんでここに・・・・?
私を探して・・・・?
心臓が早い。
足がガクガクする。
そして、気付いた。
ハヤテ君が背中に愛刀を携えていることに。
あ・・・・任務・・・か。
一瞬にして沈んだ自分にくすっ・・・と笑い、歩く方向を変えた。
私なんかが任務の邪魔しちゃいけないよね。
さっきの方向から真横に歩き出す。
まるで、自分達の歩く方向が別々だと現わしているかのように。
バイバイ。
「どこへ行くんですか。」
突然、背後で声がした。
振り返ると、ハヤテ君が後ろにいた。
「・・・え・・・・?」
さっきまで遠くにいたのに。
なんでこんな近くにいるの?
私、間違えてハヤテ君目指しちゃったの?
「私は忍です。気配ぐらい、消せます。」
あ・・・・そーだよね。
何も言わず、納得している私。
「で、どこへ行くんですか?」
少し、冷たく感じる言葉に俯く。
「別に・・・・どこだって・・・・いいじゃない。」
「よくないです。」
「ハヤテ君には・・・・関係ないし。」
自分の言葉が・・・・痛い。
暫しの沈黙。
ハヤテ君のため息が聞こえた。
「私には関係ない・・・かもしれませんが・・・・。
あなたが会社をさぼったせいで、会社では大変なことになっているんですよ?
あなたは今の仕事が好きだと言ってませんでした?」
呆れた声になぜか・・・ムカッ・・・ときた。
「私がさぼって会社が大変だからって、それこそハヤテ君に関係ないでしょ!」
「以前見かけた同僚の方がアカデミーに来て大騒ぎしたんです。」
「が・・・・?」
「とても心配されてました。」
には・・・・申し訳ない。
会社の人にも申し訳ないことをした。
だけど、私にだって・・・・。
「さぼりたい時ぐらい・・・・あるもん・・・。」
いじけたように呟く。
ハヤテ君は何も言ってくれない。
だから、私もそれ以上、何も言わない。
「明日はちゃんと出勤してくださいね?
さんはみなさんに必要とされている人なんですから。」
ハヤテ君の言葉に顔を上げた。
アナタハ必要トシテクレナイノ?
「・・・・・っ!」
言葉になりかかった言葉を飲み込む。
そんな質問してどーするの?
帰ってくる言葉は決まってるのに。
顔を反らして、また俯く。
「・・・うん・・・・ごめん。迷惑・・・かけちゃったね・・・・。
ちゃんと明日は・・・・行くから・・・・安心して・・・・。」
それだけなんとか言葉を搾り出し、ハヤテ君の横を通り過ぎた。
どんどん距離をあけていく。
どんどん・・・・。
ハヤテ君から遠ざかっていく。
好きだよ、ハヤテ君。
堪え切れなくなった涙が頬を伝うと同時に私は走り出した。
余裕を見せたくて歩いていたけど。
余裕なんて、微塵もない。
離れるなら一気に離れたい。
でないと。
振り返ってしまう。
走る私の腕を何かが捕まえた。
「なんで・・・・っ!!」
掴んでいたのはハヤテ君。
「なんで泣くのですか?!」
「・・・・・・っ!!」
「なんで・・・・・っ?!」
腕を振り払おうと必死の私の両腕が捉まる。
「離してよっ!!」
「離しませんっ!」
「離してったらっ!!」
「離しませんっ!絶対にっ!!」
めずらしく私と同レベルでハヤテ君が怒鳴り、私を強引に抱きしめた。
「さんは一体どこまで私を狂わせれば気が済むんですかっ!!
初めて会ったときだってそうでした!
いくら飲んでいたからってあんなベロベロになって!
いきなり付き合え!とか言い出して、付き合ってみればどんどん人を夢中にさせるし!
無邪気に笑ったかと思えば急に年上の大人っぽさ全開になるし!!
何度理性を失いそうになったことか!!
挙句には楽しみにしてたデートを残業でつぶされて、
それでも会いたいから部屋の前で待ってたら男と二人で仲良く帰ってくるし!!
しかも・・・・・キスマークなんか・・・・。」
一気にまくし立てたハヤテ君は急に腕から力を抜いた。
「・・・・もう・・・・私は・・・・必要ないんですか?」
「・・・ちょ・・・ちょっと待って・・・・。」
「私はやっぱり淋しさを紛らわすためだけの存在だったんですか?」
「違う・・・。」
「傍にいてほしい男性がいたら、もういらないんですか?」
「違う・・・。」
「あの日、あなたはあの男性に抱かれ・・。」
「抱かれてないっ!!」
ハヤテ君の言葉を精一杯の声で遮った。
「じゃあ、言わせてもらおうじゃない!
付き合って1ヶ月、手しか繋がなかったのは誰?
いつも余裕な顔していたのは誰?
そりゃああいう付き合い方をした私だよ?
最初は淋しさを紛らわしてくれる人が欲しかった。
一緒にいて笑ってくれる人が欲しかった!!
だけど、どんどんハヤテ君を好きになっていって!
だけど、私はハヤテ君より5つも年上だし?
住む世界は全然違うし?
でも、それでも、好きになっちゃったんだもん!
キスの1つぐらい、してほしいじゃない!!
それなのに1ヶ月過ぎてもキスしてくれないから、
どんどん不安になっちゃって・・・!!
なっちゃって・・・・・。」
最後のほうはもう聞こえないぐらい小さな声。
「・・・ハヤテ君の気持ちが知りたかっただけで・・・・。」
「では、あの夜、何もなかった・・・と?」
「当たり前じゃない!なんで私がと寝なくちゃなんないわけ?!」
再度、私はハヤテ君に抱きてめられていた。
「まったく・・・・。」
聞こえたハヤテ君の声はなぜか・・・・ほっとしたような声だった。
「本当に・・・・驚かされてばかりだ・・・。」
「・・・・・?」
「私は・・・・最初からあなたに夢中でした。」
「・・・・!!」
「本当は・・・・ずっとこうして抱きしめたかった。
でも、抱きしめてしまえば、唇を奪いたくなる。
唇を奪えば、今度は・・・・あなたを奪いたくなる。
それを抑えるのに・・・・苦労して・・・・。
だから、それが代えって余裕に見えたのでしょうね。」
ハヤテ君は一人楽しそうにくすくす笑っている。
「我慢なんか・・・・する必要、なかったんですね。」
言葉と同時に降って来たモノ。
ハヤテ君の唇。
「好きですよ、さんが。」
極上の幸せそうな笑顔。
「私もハヤテ君が好きだよ・・・・。」
今度は私からハヤテ君にキスをした。
初めて会ったのは居酒屋。
隣のテーブルがやけに騒がしいと思いました。
横目で見れば、きれいな女性が暴れていました。
目が合った・・・と、思ったとき、あなたは私に絡んできたんです。
そして、『付き合え』発言。
驚き半分、嬉しさ半分。
あなたが弱っているのは目に見えたので、
少しでもお役に立てれば・・・と、思いました。
だけど、年上なのにくるくる変わる表情。
と、思ったら年上なんだと自覚させられる色気。
どんどんあなたの魅力に落ちていく自分。
あなたの気持ちが知りたい。
本当に必要とされたい。
だけど、それを聞いてしまったらすべてが壊れてしまう気がして。
あなたを自分のモノにしてしまいたい衝動。
抑えるのに必死で。
余裕など、皆無に等しい。
愛しくて、愛しくて、たまらない。
他の男の目に触れさせたくない。
だから、常にあなたの気配を探してしまう。
あなたの首筋に見つけた紅い痕。
愛刀を持っていなかったのが幸いでした。
危うくその男性を殺してしまうところでしたよ。
だから、柄にもなくアンコさんに相談してしまった。
もう、自分は必要とされていないのか、と。
あなたが会社に来ないと聞いたとき。
心臓が凍ってしまいましたよ。
忍という職業柄、危険は身近にあります。
咄嗟に愛刀を持って飛び出してしまいました。
命に代えてもあなたを守りたくて・・・・。
・・・・それほど、あなたに惚れているということなんでしょうね。
もう、私を試す必要なんかありませんよ?
あなたが求めれば、何度でも言いますから。
愛している、と・・・・。

はい、ハヤテでした!!
なんとか完成させることができました。
いかがでした?
ちょっと嫉妬深いハヤテを書いたつもりなんですけど・・・。
ハヤテ、11月2日、誕生日おめでとう!!